2022.07.20

『国際協力と人権-変容する国際社会と「これから」の国際協力をみすえて-』ハンドブックの発刊にあたって――編集後記をかねたご紹介

JANICは、『国際協力と人権』(特定非営利活動法人国際協力NGOセンター編、2022年、ベーテルフォト印刷)を発刊しました。国際協力に携わる日本のNGO団体の職員、特に若手・中堅層を対象にした、国際協力と人権の入門書です。

発刊にあたり、このハンドブックの構成や特徴、そして今後の課題について、その意図や背景も含め、ご紹介いたします。ぜひ本書を手に取り、日々の思考や行動の一助としてご活用いただければ幸いです(THINK Lobby)。

スクリーンショット (42)

1.ハンドブックの構成について

『国際協力と人権』ハンドブックの最大の特徴は人権「それ自体」を対象とする点にあります。NGO職員、大学教員、専門家、弁護士など「国際協力と人権」分野に造詣の深い16名の多彩な執筆者たちが、プロジェクトに参加しました。

そのなかで本書は20個のトピック――①SDGs、②貧困、③発展/開発、④女性・性的マイノリティ、⑤性とジェンダーに基づく暴力、⑥子ども、⑦障害、⑧外国人、⑨難民、⑩先住民族、⑪強制失踪、⑫(無)国籍、⑬信教、⑭気候変動、⑮災害、⑯ビジネス、⑰デジタル、⑱市民的・政治的権利、⑲市民社会スペース、⑳人権擁護者――を取り上げるとともに、第二次世界大戦後の国際社会が人権を制度として位置づける大きなきっかけとなった世界人権宣言(1948年)および国際人権規約(1966年)について紹介します。

本ハンドブックでは、上記20個の国際人権基準を以下のように分類しました。

(1)持続可能な開発と人権:①~③

(2)当事者にとっての人権:④~⑬

(3)環境/社会と人権:⑭~⑰

(4)人権のスペース:⑱~⑳

(1)の「持続可能な開発と人権」では、国際協力にとって重要な目標であり羅針盤であるSDGs、国際協力の主要な目標の1つである貧困の問題、そして発展/開発の概念を取り上げています。

(2)の「当事者にとっての人権」はライツホルダーに焦点を当てています。世界人権宣言や国際人権規約で各人権概念が整理されただけでは、人権を推進するには十分とは言えません。ライツホルダーである人権享有主体それぞれの課題を知るために、子ども、外国人、難民、先住民族など11個のトピックを取り上げ、その詳細な内容について検討しました。

さらに(3)の「環境/社会」では「空間」の視点から人権について論じています。個々のライツホルダーに対して、大規模かつ複合的な影響を与える要素として、気候変動、災害、ビジネス、デジタルの問題を取り上げました。

最後に(4)の人権のスペースは、人権を推進する上で社会的基盤に焦点を当てています。人権が推進可能な社会をどのように(再)構築していけばよいのか。政治的・市民的権利、市民社会スペース、人権擁護者の問題は、いずれも人権に基づく共生社会の基礎をなす概念です。 

2.ハンドブックの特徴について

なぜ、このハンドブックでは人権「それ自体」を対象にしたのでしょうか。

本ハンドブックの構成や内容を巡る議論は、単純な問いかけから始まりました。それは「人権の原理・原則に対する理解の促進が、今後、人権を推進していく上で不可欠ではないか」というものです。

国際人権基準とは、人類が考案し、知として集約し、そして集合的な実践活動を積み重ねてきた概念です。それはこれまで考案されきた様々な社会的概念――例えば国家、外交、戦争、市民契約、法、宗教など――と同様に、大きな歴史的な流れのなかに位置づけられるものです。国際的な舞台においては「国際社会(International Society)」あるいは「国家から成る社会(System of States)」を律する構成原理であるばかりか、様々な非国家主体の行動に基準を与える約束事でもあります。

人権が社会的構築物——あるいは社会制度/国際制度の1つ——である以上、そこには必ず論理が——そして思いが同時に——内包されます。その考えを共有し、堅固な基礎土台を構築し、または強化することが、今後、ますます求められると考えたからです。

このハンドブックでは、多様な国際人権基準に関する条約、宣言などを中心にすえ、各概念が人権として登場してきた背景やその意義、また国際協力分野との関係性について焦点を当てています。そのなかで1つの選択肢として、各団体による様々な取り組みや実践を取り上げる方向性もありました。

例えば国際社会という舞台で躍動する多様な主体――国際協力NGO、NPO、国際機関、地方公共団体、企業、JICA、そして国家など――が携わる諸事例のなかから、グッド・プラクティスを提示する形式です。むしろそちらの方が、より読者の方々にとって分かりやすく、また身近に感じ、より理解が広がるのではないか。そのような思いや考えが時より頭をよぎります。

しかし、このハンドブックでは「概念として」の人権に挑戦しました。

目まぐるしく変容を続ける社会のなかで、あえて「変わりづらいもの」、「変わってはいけないもの」に焦点を当てることが、市民社会組織としての国際協力NGOセンターの役割だと考えたからです。加えて本ハンドブックが、数多くある人権の専門書――例えば国際法や歴史的文脈に位置づけるもの――と、現場に赴き、誰よりもグッド・プラクティスを理解している市民社会の実践家の皆様方とを結びつける1つの結節点になれば、とも考えたからです。

いずれにせよ本ハンドブックは、国際人権基準を中心に据えるという結論に至りました。そもそもの方向性の選択はもちろん、選ばなかった可能性については、読書の方々の判断を仰ぎたいと思います。

3.ハンドブックの今後の課題について

『国際協力と人権』ハンドブックは、20個の国際人権基準を取り上げるものですが、全ての課題を取り上げることはできませんでした。ページの関係上、複数の課題を1つのトピックとしてまとめたものもあります。また執筆者の方々には、どうしてもスペースの関係から、一部の内容の削除や修正をお願いした内容もあります。このような状況に対して、真摯にご協力頂いた各執筆者の方々に深くお礼を申し上げたいと思います。

取り上げられなかったトピックとしては特に「国際人道法(戦時国際法など)」を巡る人権上の諸課題があげられます。

「環境/社会と人権」を巡る問題として「気候変動」、「災害」、「ビジネス」、「デジタル」の4つを提示するにとどまりました。もちろん「性とジェンダーに基づく暴力」、「(無)国籍」、「難民」などの各節には、紛争/戦争が、人々――特に社会的に脆弱な層――に与える否定的な影響について指摘する箇所もあります。

しかしながら紛争/戦争は、他の環境/社会的要素と同様に、ライツホルダー間を横断し、様々な分野に影響を与えるばかりか、複合的に重なりあう要因です。加算的・乗算的な被害をもたらす、といっても良いかもしれません。紛争/戦争という「空間」によって生じる人権課題に関しては、2022年1月から2月にかけて、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性を巡る議論や行動が活発化し、そして実際に侵攻が開始されるまで、独立して取り上げるべきトピックとして思い至りませんでした。

さらに言えば「感染症(新型コロナウイルス)」を巡る人権上の諸課題についても、論じきることができませんでした。

新型コロナウイルスの影響が多岐に渡り、企画段階で、各トッピクの内容と重なる可能性があると想定されたことが一番の理由です。しかし歴史上、数多くの感染症が社会の変容に与えてきた影響――特に昨今の新型コロナウイルスの感染拡大を巡る諸状況――を鑑みれば、紛争/戦争を巡る課題と同時に取り上げるべきだったと考えています。

このことは編集・実務の担当者である私自身の実力不足・見識不足によるものです。このことを深くお詫びする次第です。このハンドブックでは取り上げられなかった諸課題や不十分となってしまった箇所については、引き続き、国際協力NGOセンター及びTHINK Lobbyの皆様方に様々な形で取り上げて頂ければ、と考えています。

4.その他――表表紙/裏表紙+タイトル

本ハンドブックの表表紙と裏表紙の作成にあたっては、デザイナーの方と議論を重ねました。

表紙のデザインには「多種多様な色で表現される人権という概念が地球を覆って欲しい」という願いと、人権を通じて「その場所で生き抜いてきた人々に光が指して欲しい」という願いが込められています。一つひとつの人権(色)が重なり、そこからまた新しい人権(色)が生まれて欲しいとの思いもあります。でき得れば、表紙にある帯のように、人権というコンセプトの上を地球が歩むことで、次の世代に繋がればと、考えています。

またタイトルに関しては『国際協力と人権-変容する国際社会と「これから」の国際協力をみすえて-』とあるように、今回の令和3年度外務省NGO研究会におけるキーワードである「国際協力」及び「人権」を主題として並べました。「人権」を主要なテーマとしながらも「国際協力」の語句を語頭に位置づけ、「人権」を語尾の並びとしたのは、本研究会の趣旨に鑑み、「国際協力(活動)の文脈における人権」、「国際協力(活動)から観る人権」という側面を示すためです。

副題にある「変容する国際社会」及び「「これから」の国際協力をみすえて」のうち、前者については現代の国際社会において人権は構成原理であること、その国際社会において構築された人権概念は時代の状況にあわせて変容し続けることを意味します。

人権概念の変容にあわせて国際社会の性質もまた変容する時代となりました。そして後者に関しては、こうした国際社会と国際人権基準の変容にあわせた国際協力の在り方への期待が示されています。国際社会が人権概念を重要な要素として位置づけ、その促進を図り、さらなる人権の多角化・多様化が見込まれるなかで、国際協力の在り方や方法もまた変容し続けるものと考えます。

5.最後に

以上、「編集後記」として、当時考えていたことや今考えていることの一端を雑感として記させて頂きました。雑文、失礼致しました。最後のメッセージとして、ぜひ読者の皆様方におかれましては、多様な観点・立ち位置から、本書を「相対化」して頂ければ、と考えています。

いうまでもなく『国際協力と人権』ハンドブックは、人権について考える「1つの手段」でしかありません。その手段を増やすために、他の書籍があり、皆様方の実践の諸活動があります。これらを組み合わせることで「人権」と言う大きな「象」の一端にアプローチすることができるのではないか、と考えます。

多角的・多元的な観点から本ハンドブックを観察し、そして一人ひとりの市民にとっての次のステップに繋げることが発刊後に求められると、そしてそれこそが、発刊の真の意義であると、考える次第です。

最後となりましたが、『国際協力と人権』の発刊に際して、令和3年度外務省NGO研究会 のプロジェクトにご参画頂いた皆様方、インタビューなどを含め様々な諸調査にご協力頂いた皆様方を始め、陰日向で様々なご助力を頂いた方々に御礼申し上げます。ご参画・ご協力頂いた皆様方におかれましては、その役割を十分に発揮頂き、ご指導・ご鞭撻賜りました。本ハンドブックの発刊プロジェクトの企画編集・事務局を担当した者として、このことについて深く御礼申し上げ、末尾とさせて頂きます。