2022.08.30

017 大人の宿題

山形県の日本海側に、小国町という小さな町がある。30年以上前、新聞記者として初めて赴任した山形支局での取材で、私は今も忘れられない人に出会った。小国町の基督教独立学園高校で書道を教えていた、桝本楳子(ますもと・うめこ、1892~1992)さん。テレビドキュメンタリーや本になっているので、「100歳の書道教師」として、ご存じの方もいるかもしれない。

私が小国町の「うめ子先生」を訪ねたのは1992年なので、亡くなる直前だったのだと思う。お話ができる状態でもなかったが、それでも毎日、筆を手にして書をしたためている、と伺った。さすが書道家だ、と感心したのだが、さらに驚いたのは、うめ子先生が毎日、同じ一文字をただひたすらに書き続けているということだった。

いったい何という字を毎日書き続けているのだろう。敬虔なクリスチャンでいらしたから、「信」や「愛」だろうか。私はさまざまに思いをめぐらせた。しかし、うめ子先生が選んだ文字は、私の想像などはるかに超えていた。

それは、「涙」という文字だった。

うめ子先生がここ数日の間で書いたという書を見せていただいた。半紙に、何枚も何枚も、墨の濃淡も、大きさも、「はらい」の長さもさまざまに、涙という文字がつづられていた。

うめ子先生は、1892年に横浜の貿易商の裕福な家に生まれたという。若くして海軍大尉と結婚したが、夫は41歳で事故により急死。信仰を深めながら戦争の時代を生き延び、1950年、59歳の時に基督教独立学園高校で書道を教え始めた。

涙という字には、あらゆる感情がこもる。喜び、悲しみ、憤り、悔しさ、切なさ、愛おしさ、むなしさ、安堵感。100年の間に、うめ子先生はどれだけの涙を流してこられたのだろう。理不尽な運命や不正義と暴力があふれる社会に、ひるむことなく、心を曲げることなく、生きて生きて生き抜いた。「涙」の文字には、うめ子先生だけではなく、明治、大正、昭和の激動の時代を生きた多くの人々の姿が重なる。

このコラムを読んだあなたは、人生の終わりにどんな一文字を選ぶだろう。

私はずっと考えているが、まだ浮かばない。でも、最期の時までに思いつけばいいと考えている。私の人生は、私たちの時代は、どんな一文字で表現されるのだろう。夏の終わり、終わらない大人の宿題を抱えている。

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)