2022.10.10

023 何のための「開発協力大綱」の改定なのか

9月9日、外務大臣より、ODA(政府開発援助)政策の根幹である、「開発協力大綱」の改定の方向性が発表された。開発協力大綱については、春頃から「改定される」との報道が先行したが、私の印象では、外務省が積極的に改定に取り組むというよりは、 「火消し役」に回っていた印象がぬぐえない。つまりロシアのウクライナ侵攻、中国の地政学的な圧力など、最終的に日本を取り巻く国際情勢、安全保障上の理由に押されて、変更の決定を「余儀なくされた」との印象がある。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_001245.html

従って今回の改定では、軍事的・経済的安全保障の側面が強く、本来のODAの目的である、真に現地の人々の人間開発に資する観点が後退していると感じる。外務省資料にあるように、我が国の国益を全面に出し、国際秩序に対する挑戦に対応、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の理念の具現化、ODAを活用した「外交力」のさらなる強化等が中心になっている。

外務省によると、今後改定案は有識者懇談会やなどを経て、新しい大綱は「来年の前半を目途」に策定される見通しだ。場合によっては来年5月に広島で開催されるG7サミットに間に合わせ、各国指導者たちへの「お土産」とする狙いがちらつき、拙速感は否めない。広く国民から意見を募るパブリックコメントは実施されるであろうが、本来は、日本ODAの影響を受けている世界の様々なステークホルダーの声を聞くべきであろう。また有識者懇談会の構成人数はわずか8人。しかもビジネス界は3人であるのに対し、市民社会からの参加者は1人のみだ。これでは多様な市民社会の声を反映させることは難しいといえよう。また有識者懇談会の協議そのものについても、透明性や公開性が確保されていないのではないか、開発協力の軍事利用が進んでいないか、など様々な懸念の声が聞こえてくる。

今回の改定をめぐる様々な懸念の中で最大の懸念は、なぜ今、改定する必要があるのか、その理由が明確になっていないことだろう。私は、環境の変化に応じて、開発協力大綱を変えることそのものを否定するつもりはない。しかし、現状の開発協力大綱のどこに問題があり、今の大綱だとどんな支障があるのかが、明らかではない。前回2015年の改定以降、確かに外務省が指摘するように、持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動に関するパリ協定の採択、新型コロナ等の感染症の影響など新たな環境変化が起きている。しかし今の開発協力大綱では、これらの新たな動きに対応できないことがあるのかどうか、その因果関係が十分に調査され、検討され、公開されてはいない。

改定に向けた事前の調査・分析には、日本がODAを供与する150を超える国々や、そこで様々な問題に直面している市民等のステークホルダーの声を聞く必要がある。彼らは日本のODAや、その基になっている開発協力大綱についてのどんな課題を感じているのかをまずは調査すべきではなかったのか。つまり日本のODAや開発協力大綱における「ギャップ分析」が議論のスタートであるはずなのだが、その分析の痕跡が見えず、「改定ありき」「改定のための改定」の話になっていると言わざるをえない。

新たな政策変更を行う際に不可欠な「ギャップ分析」だが、日本では「大綱」の改定に限らず、その活用が常態化していない。例えば「ビジネスと人権に関する行動計画」の策定時も、ギャップ分析を含む本質的な課題の分析はみられなかった。この現状分析の科学的な検証がないが故に、これまでも様々な分野の政策において、大胆で本質的な改革が行われず、各省庁間の既存の政策調整に終始した。 結果として問題が先送りされ、今日の閉塞した日本の状況を招いていると感じる。

国家の政策検討の基本となる研究は、本来は政府から独立した「国内人権機関」や、大学・シンクタンクなどの研究機関がその役割を果たすべきであるが、日本ではそのような役割分担がうまく機能しているとは言い難い。JANICのTHINK Lobbyは、このような点においても、市民社会の立場から調査・研究、提言の役割を微力ながら担っていきたいと思っている。

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)