2022.11.14

028 民主主義とデジタル技術の不思議な関係

前回に続き、10月25日から27日、台湾の台北市で開催された国際会議「第11回World Movement For Democracy」について書きたい。今回はもう一つの新たな発見である、「民主主義とデジタル技術」との関係について触れる。

マリア

2021年ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサさん(写真右)。フィリピンでドゥテルテ大統領の専制政治の実態を自由な表現で暴き、ソーシャルメディアがどのようにフェイクニュースを広め、嫌がらせや世論操作に使われているかを伝えた。自ら開設した「ラップラー(Rappler)」というメディアも解散命令が下されている。


ここでの「デジタル技術」とは、主にインターネットやSNS等、様々な情報通信技術のことである。我々の生活は技術の進歩によって恩恵を受け、時にエネルギー消費を節約し、社会課題の解決に大いに役立っている。

例えば、インターネットを介して、人々は移動することなく、時と空間を超えて、世界中の人々と自由にコミュニケーションが取れるようになった。しかし一方で、最近よく耳にする「アルゴリズム(注1)」の活用によって、我々のネット上での検索や購買行動、位置情報が、巨大IT企業によって監視、分析され、我々の預かり知らないところで、マーケティング等に活用されるという事態も起きている。

権威主義的な国では、政府が個人の情報を収集、監視し、時には市民を拘束し、情報コントロールが行われることもある。また防犯カメラは、犯罪捜査や犯罪抑止に一定の効果がある一方、顔認証技術が組み込まれて悪用されると、プライバシーや人権侵害の温床になってしまう。

民主主義とデジタル技術との関係においてさらに問題になるのは、市民の意思の戦略的な操作だ。民主主義を、市民が直接もしくは自由選挙で選ばれた代表を通じて社会のあり方を決める政治形態であると定義するならば、情報技術が、その主権を持った一人ひとりの意思を意図的かつ巧みに操作することが行われている、ということだ。今回の会議で頻繁に飛び交っていた言葉は、「Disinformation(偽情報)」、「Fake News」だ。人々を欺くために、あるいは真実を隠すために、故意に発信される誤った情報のことだ。もちろん報道機関やメディアによって、問題の取り上げ方や解釈、論点が違うことは普通にあることだ。しかし、ある目的に沿って偽りの情報を明らかに意図的に流し、民主主義の根幹である主権を持った一人ひとりの意思をゆがめようとする行為は、もはや「報道や言論の自由」とは主張できない。

例えば、中国政府がメガテック企業と共に、台湾等に住む人々の個人情報を蓄積し、中国の優位性を示す様々なプロパガンダを盛んに行っている、といわれている。その内容は、中国の政治システムは台湾の民主主義より優れているというもので、時に政治家個人やメディア等を誹謗中傷し、台湾の政治的な影響力を弱めようとしているという。中国の世界戦略の一環と考えられる。もちろん、日本もそのターゲットになっているのだろうが、そのような分析を科学的に行い、その対策を行っているとの話は聞かない。

武器や兵員数など物理的に見えやすいハードパワーである軍事力比べ、デジタル技術は、目に見えにくい無形の資産として我々の日常に忍び込む。人々の気持ちや考え方に長期にわたって影響を与えるという意味で、便利な一方、極めて不気味でやっかいな存在だ。

台湾では政府のみならずNGOも、中国との情報戦という課題に取り組んでいる。例えば、2019年に設立された若いエンジニアによるNGO「DOUBLETHINK LAB」。中国から発信される情報を収集し、社会にどのように影響を与えているかを科学的に分析、その結果を社会に打ち返している。またこのNGOは、各国が中国が発信する情報によりどのような影響を受けているか、国内政治、外交、経済、メディア、社会など9つの領域で調査し、90余りの評価項目からChina Indexとしてその影響度をランク付けし、公表している。

この調査によると、日本は46カ国中34位。影響度は必ずしも高くないが、「社会」の領域では平均値よりはるかに高い。今回の国際会議のプログラムの一環として、この事務所を訪れて話を伺ったが、20代から30代の若い技術者30人あまりが、この活動に携わっていることに強い衝撃を受けた。

社会は、工業化社会からデジタル化社会に急速に移行しつつある。民主主義を守るために、我々一人ひとりが、情報技術やSNSのリテラシーを高めることが必要だ。一方で、個人でできることは限られている。ヘイトスピーチや、人々の命を脅すような行き過ぎた誹謗中傷の情報は、取り締まることが必要だ。そして何よりも、日頃から表現や報道の自由を守るという意識を持ち、様々な人権侵害に対して抗議の声をあげることが大切だ。そのためには小さい時から、何が真実で、何が正しくないのか、様々な情報に触れながら、一人ひとりが社会の見方、物事の本質を見極める力を養っていくしかないのであろう。

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)

注1

アルゴリズム:ある特定の問題を解く手順を、単純な計算や操作の組み合わせとして明確に定義したもの。数学の解法や計算手順なども含まれるが、ITの分野では、コンピューターにプログラムの形で与えて実行させることができるよう定式化された、処理手順の集合のことを指すことが多い(IT用語辞典 e-Words)

<参考1>

DOUBLETHINK LABのトップページ

ミッション(ウェブサイトより)

“We seek to bridge the gap between the democracy movement, tech communities and China experts, and to facilitate a global CSO network to strengthen democratic resilience against digital authoritarianism.” 

「我々は民主主義の運動と、技術コミュニティ、中国専門家をつなぎ、デジタル権威主義に対抗できる民主的なレジリアンスを強化するためのグローバルなCSOネットワーク構築を促進する」

double think

<参考2> チャイナ・インデックス China Index https://china-index.io

china index