2022.12.19

033 「お片付けボックス」の功罪

生活雑誌の片づけ特集を見ると、「散らかった部屋に、なんでも放り込んでよい『一時的お片付けボックス』を用意して、とりあえず全てそこに詰め込み部屋の隅に置きましょう」という方法がよく紹介される。私も試したことはあった。思考停止して物を放り込むだけで、即座に空間がよみがえるのは楽だ。目の前のカオスが一瞬で解消したように見えて、その時は気分も良い。

もちろん、これはあくまでも一時的な解決策として提唱されているのであって、急場をしのいだ後は、ちゃんと箱の中身を整理すること、とも書いてある。ところが、後でやらねばと思いつつ、怠惰な私は行動をずるずると先延ばしにしてしまう。案の定、急場が来るごとにカオスなボックスは増え続け、片付けても爽快感どころか自己嫌悪に陥るという負のスパイラル。そんな居心地の悪さに、ある時ついに根本から見直す覚悟を決めた。

そういえば、とメーカー勤務時代の経験を思い出す。不良品が発生すると、その原因を分析し、とりあえずの「暫定対策」を導入しつつ、原因を根本から断ち切るための「恒久対策」にも並行して取り組んでいた。そうか、我が家もボックスという暫定対策のみで終わらせず、恒久対策を実施すればよいのだな。仕事で慣れ親しんだ思考法を応用すればよいと気がつき、俄然やる気がでた。

製造ラインの工程は全てが理詰めで構築される。究極に無駄をそぎ落とした動線は、美しいと思えるほどシンプルで機能的だ。しかし問題が発生している工程を分析すると、そこには何らかの詰めの甘さが存在する。そこを論理的に分析し対策を構築していけば、同じ不良現象は二度と発生しないことになる。

世の中の社会課題も、政治が「一時的お片付けボックス」を増殖・放置させてきた結果かもしれない。根本的な解決策としては不十分と思われる急場しのぎの政策や、抜本的な対策を先送りにしたままの政治姿勢をみていると、「あ、またボックスを増やしている」と思う。だとすれば、NGOなど市民社会が行う政策提言活動とは、そのふたをこじ開けて中をのぞき込み、一緒に恒久対策を立てて整理整頓しようという、「リバウンドしないお片付け」を働きかける行為なのではないか。

メーカーで担当していた自動車部品プロジェクトでは、品質の妥協は絶対に許されなかった。課題について考え抜き、関係者全員が腹落ちするレベルまで検証を重ねるのは、正直なところお互い面倒なことこの上ない。それでも、矛盾を徹底的に排除しきったと証明できるまで真剣に協議するのは、今この瞬間の小さな妥協が、自分達の立場を脅かすだけでなく、人命を危険にさらす暴力的な加害行為になりうるからだ。

課題の大きさや複雑性にひるまず、皆で学び、考え、対話しよう。我々NGOが政治にそう働きかけるのも、見て見ぬふりをすること、政治的な妥協を許すことが、社会課題に悩む人々に対する加害行為に間接的に加担することにつながるから。そんな、業界を超えた共通点にふと気がついた瞬間、NGO業界の、そして私が所属するこのTHINK Lobbyの活動意義をストンと理解できた。

とはいえ、社会課題の詰まったボックスは、どれも巨大で重すぎる。まずは訓練だと思って、身近にある小さな「ボックス」の整理から始めるのもよいかもしれない。自身の心と対話したり関係者とコミュニケーションを進めたりしながら、課題の一つひとつを論理的に掘り下げ解決策を編み出していく、その積み重ねが、やがては基礎体力の向上につながると信じて。

我が家を改めて眺めてみる。なぜ、部屋のこの箇所が散らかりやすいのか。自分の行動パターンを分析し、無駄な動線を改善し、無理なく出し入れしやすい収納策を導入する。そんな作業を進めていくうちに、これは物の片づけに限らず、日常生活や仕事におけるあらゆる問題解決にも共通すると気がついた。迅速さを優先する暫定対策自体の必要性や意義はもちろん認めるが、それのみでは根本解決に至らない。サステナブルな片付けの仕組みが整っていない部屋が繰り返し散らかるように、恒久対策が伴わなければ同じ問題の発生を繰り返すこととなる。

そんな風に自分を奮い立たせ、コツコツ取り組んできた我が家の片づけは、やっとリバウンドしにくい完成形に近づいてきた。今はここTHINK Lobbyで、仲間と共に社会課題にも挑んでいける気がしている。

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)