SHARE

2023年02月21日(火)

「負の遺産」が財産になるとき

木村 文

ロシアがウクライナに侵攻を開始して間もなく1年になる。多くの専門家が「予想できなかった」という軍事侵攻だが、1年が過ぎようとする今もなお、戦争が終わる見通しは立っていない。

その中で先月、カンボジアによる、ウクライナの地雷除去要員の訓練が始まった。
これは昨年11月、ウクライナのゼレンスキー大統領と、当時東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国であったカンボジアのフン・セン首相が電話会談した際に合意したものだ。

カンボジアは、一年前から軍事侵攻を強く非難し、国連によるロシア非難決議の共同提案国にも名を連ねた。ASEAN議長国だったという国際的な立場もあるが、1970年代から20年以上にわたる内戦と混乱を経験し、平和の尊さをよく知るカンボジアだからこそ、迷いなく軍事侵攻を非難したのだろう。そしてその思いが、ウクライナへの支援に結び付いた。

報道によれば、ウクライナの領土にはロシア軍が設置した地雷が多数あるという。カンボジア政府は1月、ウクライナの地雷除去要員15人をプノンペンに招き、地雷探知機の使い方など地雷除去の方法を訓練した。4月には、ポーランドに地雷除去の専門家チームを派遣して、ウクライナの地雷除去要員の訓練を実施するという。

地雷は「悪魔の兵器」とも呼ばれる。対人地雷では体の一部を失う大けがを負うが、死には至らないことが多く、地雷の被害者は手や足を失ったまま生活しなければならない。その苦しみは生涯終わらない。それが「悪魔」と呼ばれるゆえんだ、と聞いたことがある。
カンボジアは1970年代以降、国土の広い地域に埋められた地雷に苦しんできた。今も地雷は完全に除去されたわけではなく、毎年、死傷者が出ている。そして、地雷との長い闘いは、カンボジアの人々の中に、技術と知恵と平和への強い想いを育んだ。地雷が特に多いタイ国境などでは、カンボジア政府や国軍が訓練する専門家だけではなく、一般市民が訓練を受けて自ら地雷除去要員となり、安全な村づくりに取り組んでいる所もある。

日本を含む様々な国の援助を受けながらカンボジアが育んだ地雷除去技術は、今や世界トップクラスの高度で最先端のものとなった。そして、今回のウクライナのように、カンボジアは地雷埋設国へ専門家を派遣したり、国連のチームに参加したりして、自分たちが学んできたことを他国の同じ立場の人々に教えるようになった。「負の遺産」を見事に平和構築へと転換したのだ。

もうひとつ、カンボジアの地雷との闘いが世界に教えることがある。それは、地雷を除去しただけでは平和構築は完成しないということだ。地雷を除去した後、その土地に人々が安心して暮らしたり、建物を作ったり、農作物を育てたりすることができるようにしなくてはならない。除去すれば終わりではないのだ。これは除去技術とはまた別の、街づくり、あるいは農業や産業の振興といった取り組みになる。

カンボジアは人口1500万人余りの小さな国である。けれど、「人類史上最悪の犯罪」ともいわれるポル・ポト派による人権侵害、20年以上にわたる内戦を経て、苦悩しながら復興、経済成長への道を歩んでいる。フン・セン政権には問題も多いが、カンボジアの人々が心から平和を求め、望んでいることや、そのことを為政者たちが良く知っていることは、現地で暮らしてみて何度も感じた。彼らにとってウクライナの戦争は他人事ではなかったのだ。「自分たちにできることをする」。この姿勢に学ぶところは多い。

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)

 

執筆者プロフィール

木村 文

木村 文

コミュニケーション・コーディネーター