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2023年04月26日(水)

THINK Lobbyジャーナル創刊によせて

研究

THINK Lobby ジャーナル

木村 文

「考えること」や「知ろうとすること」だけで、命が危うくなる社会があった。

1970年代後半、カンボジアをポル・ポト派が支配した時代だ。

極端な共産主義を掲げたポル・ポト派の支配の特徴の一つは、「密告」だった。

彼らは民主主義や資本主義を否定し、革命による社会変革を目指した。その過程で、彼らの思想に反する者たちは「反革命分子」として密告され、多くが裁判もなく拷問にかけられ、処刑された。

当時、ポル・ポト派の幹部として、捕らえてきた「反革命分子」を尋問していた担当者は、自分に課せられた仕事以外のことは「何も知らなかった」と証言する。同じ建物に、何人が働いていたのか。敷地内にはいくつの建物があったのか。その中に何人ぐらいが捕らえられていたのか。一日に何人を尋問したのか。ほかの人たちはどんな仕事をしていたのか。

彼は、何一つ「知らない」と言った。

同じ場所にいれば知らないはずはない、客観的な事実さえも知らないと主張する。そして自分たちの身を守る唯一の方法は、「知ろうとしないことだった」と、付け加えた。

尋問係が毎日を過ごした収容所には、残酷な状態に置かれた多くの人々がいた。うめき声や叫び声、助けを求める声や怒りの声もあったはずだ。非人道的な壮絶な環境で悪臭もあったはずだ。

しかし彼は、そのどれもに、目も耳も、感覚もふさいだのだろう。「あれは何?」「なぜそうなる?」と、考え始めた途端に、人道に反する様々な出来事が彼の心を押しつぶしただろう。もしくはその前に、「反革命分子」として処刑されるかもしれなかった。

「知らないこと」ではなく、それ以前の「知ろうとしないこと」が、生きる条件とされた時代。人類はそのような残酷な社会を作りだしてしまった。

今、私たちの社会はどうだろう。ポル・ポト時代ほどではないにせよ、考えることや知ろうとすることが、危険を生み出す社会は確かに存在するが、多くの場合、考えることや知ろうとすることに分厚い壁はない。むしろ、インターネットの普及や移動手段の多様化で、私たちは例えば50年前の人たちよりもよほど多くのことを、知ろうと思えば知ることができる環境にある。

この環境に感謝をしながら、もっと考えること、知ることに貪欲でありたいと思う。自分の見ているものなど、ほんの世界の一部でしかないことを、いつも心に留めておきたい。

THINK Lobbyが研究誌を創刊したのは、そんな「知って、考える社会」を作ることに貢献したいからだ。知って考え、そして行動へとつなげる。新しい扉を開けるお手伝いができれば、編集に関わったものの一人としてこの上ない喜びだ。

THINK Lobbyジャーナルの詳細はこちらからどうぞ。

執筆者プロフィール

木村 文

木村 文

THINK Lobby コミュニケーションコーディネーター