SHARE

2023年05月02日(火)

ジャニー喜多川氏による性被害の告発と「ビジネスと人権」

若林 秀樹

4月12日、ジャニーズ事務所に所属していた男性が、日本外国特派員協会にて、ジャニー喜多川氏から性被害を受けていたと証言した。メディアも、このニュースを取り上げたものの、積極的に問題視する報道はその後、影を潜めている。

すでに喜多川氏は逝去されており、事実を解明することの難しさはある。しかしこれが事実だとしたら、その地位と力関係を利用し、長年にわたり未成年に対する重大な犯罪行為、人権侵害を繰り返していたことになり、問題は極めて深刻である。

本来であればジャニーズ事務所は、企業の社会的責任として第三者委員会を立ち上げ、ヒアリングをはじめとする調査を行い、今後の対応策や再発防止策を打ち出すことが必要だ。しかし、責任を追及する報道はほとんどなく、メディアとエンターテイメント業界の馴れ合いと思われても仕方のない状況が続いている。その後、ジャニーズ事務所が声明文を出している。今後の対応として「本年1月に発表させていただいておりますが、経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です」とあるが、具体性に欠けるようにみえる。

今回の出来事は、「国連ビジネスと人権に関する指導原則(以降、指導原則)」と、その実施を求める政府の「行動計画(NAP)」や「ガイドライン」からみても、国家、企業側ともに様々な対応策を取る必要がある。

まず国家には、一般原則として人権を保護する義務がある。指導原則1~10で、国は具体的に人権を尊重することを求めている。指導原則15では、企業に対して人権を尊重し、デューディリジェンス(以降、人権DD)、つまり積極的な事前予防と人権侵害への対処を含むプロセスを推奨している。今回のような情報に接していれば、国は人権侵害の有無について、ジャニーズ事務所に情報提供を求め、追加的な措置を取らなければならない。4月3日、政府は公共調達で、人権への配慮を求める方針を決定した。具体的な方策は今後決定するようだが、今後、政府がジャニーズ事務所と取引を行う際には、人権への配慮を具体的に求めることになる。

当然のことながら、ジャニーズ事務所は、指導原則11~24において、日常的な人権DDのプロセスの中で、自社の従業員や契約関係にある人々や取引先等にも、事前に人権侵害のリスクを特定し、必要であれば改善を求める必要がある。そして、それでも人権侵害が起きた時には、指導原則25~31において、影響を受ける人々が実効的な救済にアクセスできるように、司法的及び非司法的なメカニズムを設けなくてはならない。

つまり国家も企業も、被害を受けた人々が救済を受けられるよう、実効性、信頼性の高い制度を設けなくてはならない、としている。

このように、「指導原則」に則れば、国家と企業は、「人権DD」を柱に人権侵害への事前・事後の様々な対応が求められるのである。今回の告発を「過去の出来事」として済ますのではなく、国家と企業はそれぞれの責任を果たして対応しなければならないのだ。

*****************

参考:ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために

 

執筆者プロフィール

若林 秀樹