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2023年06月06日(火)

【コラム】待ったなしの国内人権機関(NHRI)の設置

普及

若林 秀樹

かつて、日本政府の「人権人道大使」が国連拷問禁止委員会で、「日本は人権先進国の一つだ(最初は世界一の人権先進国と言ってから、言い直した)」と言い、苦笑した一般参加者に向けて「何故笑うんだ。笑うな。シャラップ、シャラップ」と叫び、大ひんしゅくを浴びたことがあった。

国連拷問禁止委員会が開かれた国連欧州本部(パレ・デ・ナシオン)=筆者撮影

後に説明するように、実態は日本は人権先進国ではないし、公式な場で、「シャラップ」という言葉を発したこと自体が論外である。相手の立場を尊重するという観点からも、人権意識の薄い人だと思われても仕方がない。人権人道大使のこの発言を通じて、日本の人権状況が露呈したともいえる。

しかし、この大使が言うように、「日本は人権の先進国であり、日本にはあまり人権問題はない」と、思っている日本人は多いのではないだろうか。歴史を振り返れば日本独自の理由があると思われるが、日常会話の中で人権問題を採り上げたり、積極的に関わりをもって人権問題に取り組みたいと思う人が少ないことも関係しているのかもしれない。

法務省のホームページを見ると、以下のような「日本の人権課題」が掲載されており、日本政府は人権上の課題が存在することを認めている。例えば、「世界報道自由度ランキング」は180カ国中68位(国境なき記者団:RSF、2023年)、「ジェンダーIndex」は146カ国中116位(世界経済フォーラム:WEF、2022年)、さらに、「経済的な権利に関する男女格差」は190カ国80位(世銀)、2022年難民申請者3,936人に対し202人(2.3%)が認定(過去最多も全体として不認定は1万人以上)、子どもへの虐待・暴力・いじめ、高齢者への身体的・心理的虐待、障害者や刑期を終えた人への差別、インターネットによる人権侵害、LGBTI当事者への差別や偏見、外国人労働者への人権侵害等がある(順位や数値は、一部筆者が最新データにアップデート)。

日本人がとりわけ人権意識が低いとは思えない。しかし実態としては、世界において、日本が人権先進国と言えない状況は明らかである。THINK Lobbyは、ある海外の団体から依頼され、「Japan Mapping」として、日本の人権状況をまとめた。例えば外国人労働者に対する扱い、低い難民認定率や入国管理局収監施設での対応、法の支配・刑事司法・死刑制度の課題、LGBTQや障害者への差別、気候変動と人権、ビジネスと人権の分野で、先進的に取組んでいる専門家に、それぞれの問題と課題解決に向けたレポートをまとめていただいた。

改めて思ったのは、これだけの人権問題があり、それぞれ活発に取組んでいる団体が多くあるにもかかわらず、人権問題の解決は、遅々として進んでいない。何故だろうか。

この報告書をまとめながら、見えてきたことは、日本人の人権意識は別にして、これだけの団体が人権問題に取組んでいながら、課題を横断的にとらえるための、団体間の横のつながりがなく、日本の人権状況を改善する多面的なパワーになっていないことである。

ではどうしたらいいのか。執筆いただいた複数の団体からも意見が出たが、人権問題に取り組む力の全体的な底上げとして、世界110国以上に設置されている、「パリ原則*」に沿った国内人権機関(National Human Rights Institution : NHRI) の設置について、それぞれの人権団体が一緒に取組んだらどうだろうか。

国内人権機関とは、裁判所とは別に、政府から独立して、人権侵害からの救済と人権保障を推進するための国家機関である。 具体的な役割としては、様々な条約の国内での実施と監視、政府・議会への意見書提出、人権に関する相談、報告書の作成、人権に関する調査や啓発等がある。国内人権機関が設置されれば、日本人の意識の変化や、人権状況の改善が期待される。国連人権理事会や人権条約の条約実施監督機関が、日本政府に対して、国内人権機関の設置を幾度となく勧告しているが、国会では議論さえなく、今もって設立されていない。設立のポイントは、政府から独立していることに意味があり、人権侵害はしばしば、政府が「加害」側に立つケースが多いからである。

今年5月、日本政府が主催したG7広島の首脳コミュニケには、人権の文字が28か所も刻まれた。それだけ人権を守ることの重要性が国際社会で認識されている証左であろう。日本が世界で人権問題をリードし、「人権外交」を推進したいと考えるなら、まずおひざ元である日本で、様々な人権課題を解決する方法のひとつとして、長年の課題である国内人権機関を設立することが最優先事項ではないか。まさに待ったなしの国内人権機関の設置である。

 

*「パリ原則」は、1993年に国連総会で採択された「国内人権機関の地位に関する原則」。①人権侵害の救済、②立法・政策提言、③人権教育の3つの機能をもつ、政府から独立した機関を各国内に設置すべきであるとした。

参考:日弁連 国内人権機関に関する資料

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/kokunaijinkenkikan10FAQ.pdf

(ウィークリーコラムは個人の見解に基づく記事であり、THINK Lobbyの見解を示すものではありません)

 

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