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2023年08月23日(水)

「国連ビジネスと人権作業部会」の記者会見で露呈した日本人の人権意識

若林 秀樹

8月4日、日本記者クラブで「国連ビジネスと人権作業部会(以降、UNWG)」の訪日調査に関する会見が行われた。UNWG側からは政府や企業に関する様々な課題の指摘がされたが、記者から質問は、残念ながら、ほとんどがジャニーズ事務所における性加害の問題だった。

性加害の問題を取り上げることが悪い訳ではない。ただUNWGは、12日間にわたり、日本全国を訪問し、政府に加えて、市民社会、先住民族等の人権擁護団体、企業・業界団体、弁護士等様々なステークホルダーへのヒアリングや調査を精力的に行ったのである。それにもかかわらず、記者からの質問は性加害の問題に集中したという印象を強く受けた。UNWGのチェアパーソンも記者会見中、ビジネスと人権に関わる幅広い重要な課題を指摘しており、「他の質問もして欲しい」という異例の発言をしたほどだった。

UNWGの訪日がメディアに取り上げられたのは、このジャニーズ事務所における性加害問題に関する調査を行ったからであり、それだけ日本での人々の関心が高いということであろう。実際の質問も、ジャニーズ事務所の責任者と会ったのか会わなかったのか、性的虐待が「数百人におよんだ」とする数字的根拠等、、「国連ビジネスと人権の指導原則(以降、指導原則)」等の国際基準に基づく深い質問ではなかった。

UNWGは同日、ミッション終了ステートメント(以降、調査報告)を公表し、暫定的な所見を明らかにした。最終報告については、2024年6月の人権理事会に提出される予定だ。調査報告では「日本のビジネスと人権に対する取り組みは、国連ビジネスと人権に関する指導原則等に照らし合わせ、全体として不十分である」としており、個別問題についても適切な指摘をしている。

またUNWGは、特に日本政府に対して指導原則の第一の柱である「人権を保護する義務」に照らし合わせ、指導原則、行動計画(NAP)等の周知・啓発・研修が不十分であると指摘した。特に地方自治体においては、NAPの存在自体が知られていない、とした。さらにNAP改定時には、人権救済へのアクセスと企業のアカウンタビリティを強化すること、ビジネスと人権の政策に関するギャップ分析を取り入れて優先課題を洗い出すこと、取り組みを評価する主要な実績指標(KPI)を含む実施形態を明らかにすべきことが必要だとした。これらはまさに市民社会が指摘していることであり、「わが意を得たり」という印象を持った。

注目されたジャニーズ事務所における性加害問題に対しては、メディアが「不祥事のもみ消し」に加担したことを指摘し、メディアとエンターテインメント、双方の業界は人権デューディリジェンスを実施し、性加害問題に対処することを強く要請した。またUNWGは、こうした調査を本来は日本政府がするべきだったと指摘したうえで、「政府は、主な義務を担う主体として、加害者に対する捜査の透明性を確保し、謝罪であれ金銭的な補償であれ、被害者の救済を実行すべき」とした。

日本側は7日、松野官房長官が記者会見をし、政府の役割を指摘したUNWGの報告書について、「法的拘束力を有するものではない」との常套句を使い、記者の質問に真正面から答えなかった。質問した記者はさらに粘ったが、松野官房長官は、この問題は司法が扱うべきであり、政府としてはこれまでも適切に対応してきた、今から政府が新たな行動を起こすことはないと、繰り返して突っぱねた。

UNWGの記者会見でのやりとりや、松野官房長官の記者会見の答弁を聞いていて、これが日本人の人権意識の表れであると思った。。

しかし、わずかに明るさを感じたことがあった。それは松野官房長官の記者会見で、ある記者が数回にわたり官房長官を厳しく追求したことだ。この様子には、感動した。他の記者からは追随する質問もなく、残念だった。

質問に真正面から答えない政府の姿を見て、。我々が行動を起こすことに以外に、日本の人権状況を変える手段はない、と改めて思いを強くした。

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若林 秀樹