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2023年10月03日(火)

ジャニーズ性加害問題を通して、企業と私たちが得た教訓とは

普及

若林 秀樹

ジャニーズ事務所は10月2日、新体制になって2回目の記者会見を行いました。社名について、前回9月7日の会見では「変更はしない」としていましたが、今回は一転して変更し、さらに今後の運営体制や被害者の救済策等について発表しました。

この間、ジャニーズ事務所所属タレントを広告等で使ってきた多くの企業は、その放映などを中止、もしくは契約を更新しないことを表明するなど、世論や国際社会の動向を意識したこともあり、ジャニーズ事務所とは一線を画そうとしてきました。一方で、所属タレントに罪はないという理由等で、起用を継続、またはタレントとの直接契約をする企業も一部にありました。

今回の記者会見を踏まえ、多くの企業が、世論や今後のジャニーズ事務所の動向を見据えつつ、さらなる対応を決めるものと思われますが、それは表面的なものであってはなりません。この問題の本質は何かを見極め、同じような事態が一企業のみならず、この世界で二度と起きないようにするという意味での再発防止の仕組みづくりをすることが重要です。
再発防止策とは、つまり国際基準でもある、「国連ビジネスと人権に関する指導原則(以降、指導原則)」に則って、人権デューディリジェンス(以降、人権DD:人権に関する事前予防と対処を含む継続的プロセス)の取り組みを行うことです。そこには、救済の仕組みも含まれます。

具体的に人権DDに則って企業がすべきことは、次のようなことになります。例えば自社のCMに起用されているタレントの人権が守られているかを事前に調査して、もし人権侵害やその恐れがあれば、所属会社やマネジメント会社等に是正を求めなくてはなりません。それでも是正されなければ、契約を打ち切り、そのことを公表することが求められています。

報道によれば、食品・飲料会社のネスレ日本元社長、高岡浩三氏は9月11日、自身のフェイスブックで「私は、ネスレのガバナンスとコンプライアンス規定の観点から、キットカットといえども一度もジャニーズのタレントをCMや販促に起用しなかった」と明かしました。ネスレは2010年、「キットカット」等のチョコレート製品に使われるパーム油のインドネシアの調達先が、熱帯雨林を違法伐採し、オランウータンの生息地が危機的状況に陥っているとの批判を受けました。その際同社は、問題のある調達先との取引を中止し、国際NGOとのパートナーシップで「パーム油に関する責任ある調達ガイドライン」を作成しました。これは人権DDを行った一例です。今回のジャニーズ性加害問題をきっかけに、関係する多くの企業が人権状況の見直しを日常的に行うことなく、単に契約を見直すという決定だけでは問題の本質を見極めた対応とは言えず、意味がないのです。

これまで日本の企業やメディアは、ジャニー喜多川氏の性加害について、その噂に接しながら、「人権DD」を行わず、具体的な行動に踏み切りませんでした。「指導原則」に照らせば、企業やメディアは、性加害、つまり人権侵害の助長に「加担」してきたことになります。テレビを中心としたメディアに責任を問う声は多少上がってはいるものの、スポンサーとしての企業の責任についてはあまり議論されていません。企業が「見て見ぬふり」をしてきたことによる社会的な負の影響、つまり企業側の責任を認めて人権DDの重要性を認識しなければ、今回の問題が単に「ジャニーズタレントの起用の是非」という議論に矮小化されてしまいかねず、将来、また同じような過ちを繰り返すことになるでしょう。

企業のみならず日本政府にも、企業における人権DDの実行を促す義務があります。「指導原則」の第一の柱には「人権を保護する義務」があります。しかし政府は今回、何も行動を起こさず、義務を果たしてきませんでした。本来であれば、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が7月に来日して被害者へのヒアリングをする前に、政府は行動すべきであったでしょう。過去には最高裁で、ジャニー喜多川氏によるセクハラ被害の真実性を認めた判決が出ており、今回も、多くの被害者から人権侵害の報告がなされ、社会問題化していることを考えれば、日本政府は自ら、被害者の聞き取り調査を行う等、実態解明の上で、ジャニーズ事務所に対応を求めるべきであったでしょう。もちろん、本来であれば、政府から独立した国内人権機関がその役割を果たすべきでしたが、日本には、そのような機関がありません。これだけの深刻な人権侵害があって何も行動を起こさなかったことは、人権保護義務に反することになります。

2020年10月、日本政府は、ビジネスセクターと共に「ビジネスと人権」に取り組み、「人権DD」を推奨する「行動計画」を発表しています。それから丸3年が経ちましたが、今回の問題への対応を見る限り、まだ「人権DD」の取り組みが進んでおらず、社会に浸透していなかったことが明らかです。

今回のジャニーズ問題は、エンターテインメント業界の問題だけではなく、我々に様々な教訓を与えてくれています。「ビジネスと人権」についての認識はもちろんのことでありますが、それだけでなく自分たちの目の前で起きている様々な事象において「人権を守る」という視点で認識し、時には声をあげて行動する必要があるということではないでしょうか。「無関心」、「見て見ぬふり」は、公正な社会、人権の実現に向けた最大の敵であることを、私たちは今、目の当たりにしているのです。

執筆者プロフィール

若林 秀樹