SHARE

2024年01月07日(日)

【コラム】「プラスチック条約」実現に向け、日本政府は積極的な努力を

おすすめ記事

普及

小池宏隆

ストローが刺さった亀の映像・写真を見たことがあるでしょうか。2015年、Plastic Pollution Coalitionがコスタリカ沖で調査中に発見した亀です。この様子が示す通り、分解されずに残り続けるプラスチックは、生き物や生物多様性に対する脅威となっています。特にマイクロプラスチックは環境に深刻な影響を与えており、人間の健康への影響も懸念されています。

【写真:プラスチックが刺さった亀の写真(Plastic Pollurion Coalition)】

現在、プラスチックは、世界の温室効果ガス排出の3.4%の原因となっています(2020年の日本の二酸化炭素排出量は世界の3.2%)。このまま何も手を打たなければ、プラスチックの生産量は、2050年までにさらに現在の3倍以上に増加する可能性があるといわれています。2050年には世界の平均気温上昇を2度未満に抑えるという目標の下で残っている炭素予算(カーボンバジェット)の10-13%を占めるほどになります。これは1.5度目標の下では更に大きくなります。

このように、拡大し続けるプラスチックの生産と利用は、気候変動*、環境汚染、生物多様性の損失という「3つの地球の危機」を加速させ、人間の健康を脅かし、世界中で人種、ジェンダー、経済的不平等を拡大させています。

【写真:タイのワンナパ・ビーチで、グリーンピースのボランティアに回収されたプラスチックゴミ(2020年9月)】

これらの危機による最悪な事態を回避するためには、プラスチックの生産量を少なくとも75%削減する必要があり*、そのためには生産規制のルールを国際的に制定することが不可欠です*。

法的拘束力のある国際的なプラスチック条約実現へ向け、2023年11月13〜19日にケニア・ナイロビで第3回政府間交渉委員会*(INC-3)が開かれました。JANICの加盟団体である国際環境NGOグリーンピース・ジャパンは、INC-3に代表団を派遣し、オブザーバーとして参加しました。グリーンピース・ジャパンのシニア政策渉外担当である私は、JANIC理事としてもこの会議に参加しました。

【写真:INC-3開催にあわせて現地で開催されたプラスチック汚染に反対するデモ(2023年11月)Photo by IISD/ENB】

今年5月末に開催されたINC-2では、委員会の議長に対して、プラスチック条約草案の作成を依頼しました。今回の会議では作成された条約草案を踏まえ、議論が始まりました。

この草案では、ライフサイクル全体でプラスチック汚染に対応するため、 上流から下流にかけて様々な項目が盛り込まれています。例えば、「上流」ではプラスチックの原料となる一次ポリマーの生産規制や、懸念ある化学物質に関する規制。 他にも製品のデザインに関するガイドラインなどがあります。「下流」では、リサイクルや廃棄物管理についての条文や、この条約によって影響を受ける労働者、特にウェストピッカー(有価物を埋め立て地や路上などから回収して生計を立てる人々) の、公正な移行、すなわち彼らの生計や仕事を保障しながら、誰一人取り残されない形でより持続可能な社会へ移行すること、を達成することなども含まれています。

深刻化するプラスチック汚染を解決するためのこれらのプロセスは、各国が気候危機対策における目標を達成するのに役立つだけでなく、環境を汚染することなく「リデュース・リユース」を中心にした循環型経済*の実現への革新的な変化のきっかけともなり、また、新しい雇用を生み出すことにもつながります。しかし、石油・ガスなどに依存する、一部の石油化学業界や化石燃料産業界は、短期的な利益と引き換えに、プラスチックの生産規制に消極的で、各国政府が「これまで通り」の決定をするよう求めています。

今回の交渉を通じて、各国の意見を反映した草案改訂版が出来上がりました。2024年4月に、カナダはオタワでINC-4が開催され、さらに交渉が続く予定です。

ところで今回の交渉における日本政府の姿勢ですが、必ずしも高い評価はできないものでした。外務省、環境省、そして経産省の三省を中心に構成される日本代表団は、会場での発言のみならず、二国間会談などに臨むなど、様々な外交活動を展開しました。しかし日本政府は、アフリカ諸国や太平洋小島しょ開発途上国など、プラスチック汚染の被害を直接受けている国々からの声を十分に聞いたとは言えず、「汚染の蛇口を閉める」ために必要な上流規制には積極的ではありませんでした。日本政府は、消極的な姿勢について、「立場の違う国々に『橋を架ける』という立場だからだ」という説明をしますが、例えば一次ポリマーの生産規制においては、いくつかの東南アジア諸国よりも後ろ向きです。

【写真:INC-3、14日のオブザーバー・ミーティングの様子(2023年11月)Photo by IISD/ENB | Ahmed Nayim Yussuf】

そもそも、日本には、循環型社会形成推進基本法があり、そこでは「廃棄物等の発生抑制と適正な循環的利用・処分により、天然資源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される社会」を目指すとされています。そのために廃棄物管理を考えたとき、好ましい処理の方法の優先順位は①発生抑制(リデュース)、②再使用(リユース)、③再生利用(マテリアルリサイクル)、④熱回収、⑤処分となっています。上流での政策が最も効果が高いこと、すなわち天然資源の消費量を抑制することが大事であることが明記されています。「リデュース」にフォーカスすべきであることを自らの法律に盛り込んでいるにもかかわらず、日本は上流規制に関わる項目において、国際的なルール形成に非常に後ろ向きです。

「Buiness as Usual」(何も変えようとしない)という姿勢で、少数の他国の後ろ向きな姿勢を理由に、目標値を低くし、低い野心で取りまとめようとする交渉姿勢は評価されません。日本政府には、一部の後ろ向きな石油化学産業界ではなく、プラスチック汚染問題を抱える国や地域の声にこそ耳を傾け、プラスチック汚染を発生源から終わらせる条約の実現に向けて、より積極的な発言や行動をすることを求めます。

深刻化するプラスチック汚染を解決するための、野心的なプラスチック条約の実現を確実にするための時間は、あと1年です。カナダで第4回交渉が再開されるときには、各国・地域の指導者たちがこれまで以上のリーダーシップを示すことが強く求められています。

執筆者プロフィール

小池宏隆

小池宏隆

JANIC理事。グリーンピース・ジャパンのシニア政策渉外担当。国連や国内での若者に関わる政策提言を経て、地球環境戦略研究機関(IGES)政策研究員、国連アジア太平洋経済社会委員会コンサルタントを務める。