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2023年10月10日(火)

ジャニーズ問題で考える、国の責任と「国内人権機関」の設立

普及

若林 秀樹

今年7月に、国連「ビジネスと人権ワーキンググループ(UNWG)」のチームが来日し、ジャニーズ問題の性的被害者へのヒアリングを行ったことがメディアで大きく取り上げられました。8月4日に開かれた調査終了時の記者会見には多くの記者が集まり、この問題に関する質問が相次ぎました。この訪日調査は、今回のジャニーズ事務所の改革を加速化させた要因の一つになっていると思われます。

このUNWGは、日本における「ビジネスと人権」の取組の実態の調査を目的に来日しましたので、ジャニーズ問題は、数多い調査項目の一つにすぎませんでした。しかし、日本社会の関心が高いこともあり、記者会見での質疑はジャニーズ問題一色でした。UNWG側が、「他の重要な問題についても、質問してください」と、記者に対して異例の注文をつけたほどでした。

皆さんの中には、日本の国内問題なのに、なぜ国連が乗り出してヒアリングを行ったのか、不思議に思われた人もいたのではないでしょうか?

それは、日本政府が「国連ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」に賛同し、これに基づく行動計画(National Action Plan, NAP)を打ち出して、取り組んでいるからです。UNWGが今回訪日した理由は、広く「日本のビジネスと人権の取組の状況」を把握し、改善点等を助言するためでした。

そこで、前回のコラムでは、ビジネスと人権における企業の責任について考えましたが、今回のコラムでは、政府の役割について考えてみたいと思います。
このコラムを執筆している10月上旬時点で、ジャニーズ事務所による深刻な人権侵害に対し、国の責任を問う声があがってきていません。また政府もそのような動きをしていません。本事案は2000年代初頭には国会で取り上げられ、最高裁でもジャニー喜多川氏による性加害を認定した判決が出ています。その時に国による適切な取り組みがあれば、その後の性加害を防ぐことが可能だったかもしれません。

もともと政府は、人権を保護する義務があります。日本は、国連憲章が定める国連の目的、つまり「国際の平和と安全、人権および基本的自由の尊重」に賛同して、国連に加盟しました。以来、国際人権法を含む、様々な国際人権基準を批准、これらに賛同してきました。
「国連ビジネスと人権に関する指導原則」でも、取り組みの3本柱の第一に、「人権を保護する国家の義務」が定められています(下図、参照)。

<参考>「国連ビジネスと人権に関する指導原則」 (THINK Lobby作成)

つまり、国連に加盟し、「指導原則」に賛同している日本政府は、様々な国際人権基準にのっとり、人権を守る義務があるのです。その意味において日本政府は、ジャニーズ問題に対して適切な対応を怠ったことになります。

政府の仕組みとしては、法務省人権擁護局による人権救済の制度がありますが、これは被害の申告がなければ調査が始まりませんし、もともと政府や自治体による人権侵害について機能することはありません。だからこそ、世界の110カ国以上で、政府から独立した国内人権機関が設置されているのです。日本にも「国内人権機関(NHRI)」が設置されていれば、その機能として早い段階から調査が行われ、政府に対して是正の勧告等を行っていたことでしょう。

国連から日本政府に対して、これまでも国内人権機関の設置について度重なる勧告がありました。そして今回のUNWGの調査報告書である「ミッション終了ステートメント」においても、「『国家人権機関の地位に関する原則(パリ原則)』に沿い、本格的な独立した NHRIを設置するよう強く促します」とあります。国内人権機関の詳細については、日本弁護士連合会の関連サイトをご覧ください。

国内人権機関は、人権侵害からの救済と人権保障を推進するための国家機関です。日弁連によると、その機能を果たすためには、政府からの独立性、明確な権限と機能、アクセスの容易さ、NGOや国際機関との協力が必要です。またこの機関は、人権侵害が起きた時の人権救済だけが目的ではありません。人権保障のための調査や政策提言、人権保障の推進・人権教育、人権啓発等、様々な機能があります。日本には、差別やヘイト・クライム、障害者、子ども、ジェンダー、LGBTQ、難民・移民、ビジネスと人権等多くの課題がありますが、これらの幅広い課題の解決に向けた国内人権機関の果たす役割は、極めて大きいと思います。

今回のジャニーズ問題については、政府、企業、エンタメ業界やメディアのみならず、市民社会も「見て見ぬふり」をしてきたことは許されませんが、なかでも政府は、そもそも人権を守る義務がありますから、「見て見ぬふり」では済まされません。人権侵害の懸念があれば、国には「まずは見て、調査を行い、必要な対応を行う義務」があるのです。
持続可能な開発目標(SDGs)のなかでも、人権が守られる公正な社会は、「持続可能な開発」の前提とされています。

このジャニーズ問題を機に、人権課題解決のためのインフラともいえる、「国内人権機関(NHRI)」の設立を求めていきませんか。

執筆者プロフィール

若林 秀樹